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餃子のはじまりや歴史を調査してみました!「中国や日本の餃子のルーツを知れば餃子がもっと美味しくなる」

2021年5月14日
コラム




こんにちは!ぎょうざのビッグファイブです。

皆さん、餃子はじまりや歴史ってご存知ですか?

普段餃子はよく食べているけどその歴史やルーツは知らないという方が多いのではないでしょうか。

実は餃子には国ごとの歴史があり、各国餃子の文化も違うんです!

そこで今回は餃子のはじまり・起源や日本と中国の餃子の歴史について詳しく解説していきます。

今まで食べていた餃子の見え方が全然変わるかもしれませんよ♪

 

 

 

餃子のはじまり・起源はどこ?

餃子の国といえば中国が有名ですよね。ネットで検索してみると諸説あるようです。

中国では紀元前600年の遺跡から餃子と思われる食べ物の遺跡が見つかっているという話や、餃子のような小麦粉の皮に具を包んで加熱した食べ物は紀元前3000年頃の古代メソポタミア文明遺跡から見つかっていたなど。

一説では、紀元前3000年には餃子の起源となる食べ物が既に食べられていて、それがシルクロードを通して中国やインドに伝来したと考えられたなどもあります。

その中で「キッコーマン国際食文化研究センター第 54 回食文化講座」の講座資料では餃子の起源について以下の内容が書かれているので引用します。

 

餃子の起源
 紀元前5世紀には、中国ではすでにお米を食べる文化がありましたが、小麦を食べる習慣はありませんでした。小麦は、家畜の飼料であって、人間が食べるものではなかったのです。というのも、お米は脱穀することで人間の食料にできますが、小麦は粉状にしなければ食べられません。小麦の栽培が盛んになり、人間が食べるようになったのは、紀元前5~3世紀にシルクロードを通じて石臼が伝来してからといわれています。
 餃子がいつから、作られ、食べられるようになったかというのははっきりしていないのですが、唐の時代頃ではないかと言われています。敦煌の遺跡から、餃子の乾燥品、いわば餃子のミイラが発見されているのです。餃子の形状的特徴である 「二つに折られている」「ひだがある」「半円形である」「尖っている」という特徴を備えていることなど、今日の餃子とほぼ同様のものが唐の時代に食されていたというのは驚きですね。

引用元:キッコーマン国際食文化研究センター第 54 回食文化講座
https://www.kikkoman.co.jp/pdf/no27_j_012_013.pdf

 

どちらにせよ、餃子は古代から人々の暮らしを支えてきた食べ物というのが分かります。なんだか、強くロマンを感じますよね。

 

 

 

中国の餃子の歴史

かつてシルクロードの分岐点として栄えたオアシス都市である敦煌(トンコウ)では、唐時代の墳墓に副葬品として壺に入った餃子が乾燥状態で発見されています。

研究により諸説ありますが、初めて餃子を作ったのは漢方医学の名人であった張機だと言われています。

張機がある寒い冬の日に家へ帰っている途中、とても貧しい村を通りかかりました。その村には寒さをしのぐ衣服や体を温める食べ物もなく、村人は凍傷を起こしていました。これをみた張機は村の人を助けたいと思い体を温める漢方薬やスパイスをラム肉と一緒に煮込みシチューを作りました。そして、完成したシチューを小分けで作った小麦粉の皮で包み込み、それを温かいスープに入れて村の人々に振る舞い、冬に期間その料理を作り続けたのです。

すると、旧正月の大晦日までに村人たちの凍傷がみるみるうちに治っていき、喜んだ村人はこのお祝いをするために張機が作っていた料理を再現し、大晦日の夜に食べるようになりました。この料理こそが餃子の原型だと言われています。

実際に、日本では焼き餃子が一般的ですが中国では張機の作ったような水餃子や蒸し餃子が一般的です。

こんな歴史があったと知ると面白いですよね♪

 

 

 

日本の餃子の歴史

それでは、日本にはどのように餃子が発展していったのでしょうか。

その歴史は意外と古く、江戸時代に遡ります。

明の儒学者である朱舜水について水戸藩が著した「朱舜水氏談綺」によると、1689年、福包(ふくつつみ)と呼ばれる鴨肉を使った餃子が水戸光圀(水戸黄門)に献上されたと記されています。この記述から、餃子を初めて食べた日本人は水戸黄門と言われている説が一般的です。ちなみに、水戸黄門は日本で初めてラーメンを食べた日本人とも言われています。

江戸時代には日本に餃子が伝来していたんですね。

その後明治時代に入ると、肉食の解禁と共に中国料理を紹介する本が次から次へと出版されますが、餃子に関する記述はそれほど多くはありませんでした。あっても蒸し餃子か水餃子がほとんどだったとのことです。

それでは、現在日本でおなじみの焼き餃子はいつ頃から普及してくるのでしょうか。

それは第二次世界大戦後となります。

戦前、戦後に活躍したコメディアンである古川緑波の「ロッパの悲食記」では以下のように記されています。

 

『戦後はじめて、東京に出来た店にギョーザ屋がある。(中略)ギョーザ屋とは、餃子(正しくは、鍋貼餃子)を食わせる店。(中略)僕の知っている範囲では、渋谷の有楽という、バラック建の小さな店が、一番早い』

引用元:ロッパの悲食記

「有楽」とは渋谷の中心街だった百貨店に1948年に開店したお店であり、旧満洲国の大連から中国人の妻を伴って引き上げてきた高橋通博が満州で食べた餃子を再現して販売を始めました。

1952年に店名を「珉珉羊肉館(ミンミンヤンローカン)」に変え、渋谷の恋文横丁にお店を構えます。

小学館発行の雑誌である「サライ」1999年9月16日号に掲載されたインタビューでは下記のように記されています。

 

『ジンギスカンなど羊肉料理のほか、水餃子と焼餃子を出したら、この焼餃子が当たった。惣菜としてご飯に合い、酒の肴としても受けたのだ』
引用元:「サライ」1999年9月16日号に掲載されたインタビュー

 

 

中国では小麦が主食であるため、餃子とご飯を一緒に食べることはあまりないとも聞きます。

そのため、餃子自体が炭水化物も肉も摂れる完結した料理だったのです。一方で日本の主食はお米です。お米に合うおかずとしては油の香ばしさが加わった焼き餃子の方が日本人には適しており、万人に受け入れられていったのでしょう。

中国では具材にニラを用いますがニンニクは使うことが少ないです。また、タレは酢醤油だけで日本のようにラー油を足さない文化です。このような日本独自の餃子文化はすべていかにご飯が進むかを基準に、より食欲をそそるものとして進化していった結果と言えるでしょう。

このように日本特有の餃子の歴史を知ると、なんだかおうちでご飯と一緒に焼き餃子を食べたくなってきましたね笑

日本独特の餃子文化のルーツを知った上で、お家に餃子を取り寄せて食卓で囲んでみてはいかがでしょうか。

また違った味わいを感じる事が出来るかもしれませんね。

 

 





 

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